「雑記ブログ」への覚悟
本作は晩年の夏目漱石が連載したエッセイ集であり、漱石がこもる書斎を仕切る硝子戸の中で起こった事々、そして硝子戸越しに眺める世間との関わりに関する事々を徒然なるままに綴った「雑記ブログ」のような内容です。
しかし本文が掲載されたのは新聞誌上の片隅。漱石は冒頭から早々、自分のような書斎の人が書くものが忙しく実際的な世間に生きる人々にどれほどの有用性を持ちうるのか? と弱気なことを言っています。いや、本当に弱気なのでしょうか? 私は以下の一文に、漱石の物書きとしての矜持をすら感じるのです。
私はそうした種類の文字が、忙しい人の眼に、どれほどつまらなく映るだろうかと懸念している。私は電車の中でポッケットから新聞を出して、大きな活字だけに眼を注いでいる購読者の前に、私の書くような閑散な文字を並べて紙面をうずめて見せるのを恥ずかしいものの一つに考える。これらの人々は火事や、泥棒や、人殺しや、すべてその日その日の出来事のうちで、自分が重大と思う事件か、もしくは自分の神経を相当に刺戟し得る辛辣な記事のほかには、新聞を手に取る必要を認めていないぐらい、時間に余裕をもたないのだから。-彼らは停留所で電車を待ち合わせる間に、新聞を買って、電車に乗っている間に、昨日起こった社会の変化を知って、そうして役所か会社へ行き着くと同時に、ポッケットに収めた新聞紙の事はまるで忘れてしまわなければならないほど忙しいのだから。
私は今これほど切りつめられた時間しか自由にできない人達の軽蔑を冒して書くのである。
ちくま文庫「夏目漱石全集10」190頁
一般の人々にとっては生活を成り立たせることが「主」であり、文字や文章に触れるのはそれらに必要な情報を得るための「従」である。しかし物書きとしての道を選んだ自分にとっては、世間の人々がぞんざいに消費するそれら文字や文章を紡ぎだすことこそが「主」なのだ・・・。
この一文には人間が生きてゆくだけなら必ずしも必要ではない、しかし自らと向き合いながら生きるためには不可欠な、文学に携わる者の矜持が透けて見えるようではないでしょうか。そしてそれは頼まれもしないのに好き好んで文章など読んだりしている私たちの心の奥底にある思いとも相通じるものではないでしょうか?
地雷系女子襲来!?
本随筆には実に様々なエピソードが収められていますが、私が特に心動かされたのは作品半ばで語られる漱石の死生観に対する葛藤に触れたエピソードでした。作品の愛読者を名乗る女性の訪問を受けた漱石は、自分の半生を小説にしてほしいという依頼を受けて戸惑います。しかし溢れんばかりの「地雷臭」とは裏腹に、女性の半生は実に悲痛極まるものであったようです。そして淡々と続く身の上話に胸を詰まらせる漱石は、女性の問いかけにいよいよ言葉をなくしてしまいます。
もしあなたがこの話を小説にするなら、私を生かしますか? 死なせますか?
つまり間接的にこんな私はそれでも生きているべきか、いっそ死んでしまうべきかと問うているのです。これに触発された漱石は常日頃自分が抱いている死生観と、いま目の前の女性への気持ちとを引き比べて逡巡し、以下のようなやりとりが取り交わされます。
次の曲がり角に来たとき女は「先生に送っていただくのは光栄でございます」とまた云った。私は「本当に光栄と思いますか」と真面目に尋ねた。女は簡単に「思います」とはっきり答えた。私は「そんなら死なずに生きていらっしゃい」と云った。私は女がこの言葉をどう解釈したか知らない。
ちくま文庫「夏目漱石全集10」205頁
漱石の真意はどのようなものだったのでしょうか? 私は末尾の一文から、
これを読むあなたもこの言葉をどう解釈するか知らない。
とでも囁かれているような気分になりました。実は私がテキストとしているちくま文庫版「夏目漱石全集10」にはここに注釈が記されており、それによれば・・・
小宮豊隆『夏目漱石』に「是は恐らく漱石が、人間に、他人に好意や親切に対する感謝の心持が働く限り、その人にとって世界は住み甲斐のある世界である。従って、その人は当然生きているべきであると考えた所から出た言葉なのだろうと思う。」とある。
ちくま文庫「夏目漱石全集10」205頁注釈
とあります。小宮豊隆という人は漱石の門下生ということでその作品理解は私などの比ではないでしょうが、それでも私はまた違うニュアンスを読み取ったのでした。つづく章では漱石の死生観が切々とつづられます。
死は生よりも尊い。しかし・・・
不愉快に充ちた人生をとぼとぼ辿りつつある私は、自分のいつか到達しなければならない死という境地について常に考えている。そうしてその死というものを生よりは楽なものだとばかり信じている。ある時はそれを人間として達し得る最上至高の状態だと思う事もある。
「死は生よりも尊とい」
こういう言葉が近頃では絶えず私の胸を往来するようになった。
しかし現在の私は今まのあたりに生きている。私の父母、私の祖父母、私の総祖父母、それから順次に遡って、百年、二百年、乃至千年万年の間に馴致された習慣を、私一代で解脱する事ができないので、私は依然としてこの生に執着しているのである。
ちくま文庫「夏目漱石全集10」205~206頁
漱石は、決して生に無条件の価値を見出してはいないことがわかります。むしろ生の苦しみを知るにつけ死に向かって憧れを抱いてさえいる。その憧れを阻むものはただ一つ、自分という存在が千年万年という生の循環の中の存在であることへの痛感ではないでしょうか。死に憧れること、死を望むこと、それらを公に標榜するには私たちの世界はあまりにも生に囚われています。
だから私の他に与える助言はどうしてもこの生の許す範囲内においてしなければすまないように思う。どういう風に生きて行くかという狭い区域のなかでばかり、私は人類の一人として他の人類の一人に向かわなければならないと思う。
ちくま文庫「夏目漱石全集10」206頁
では漱石は生を至上とする、いやしなければならないとされる人類の一人として、女性に生を勧めたのでしょうか? 自分の真意とは裏腹に義務感から? どうやらそれだけではないようです。
私は深い恋愛に根ざしている熱烈な記憶を取り上げても、彼女の傷口から滴る血潮を「時」に拭わしめようとした。いくら平凡でも生きて行くほうが死ぬよりも私から見た彼女には適当だったからである。
ちくま文庫「夏目漱石全集10」207頁
漱石は紛れもなく本心から女性に生きてほしいと願ったようです。女性を生に向かって押し出す漱石の言葉に嘘はないようですが、一見健全な助言をしたかに見える漱石の心は晴れやかなものでは全くありません。
かくして常に生よりも死を尊いと信じている私の希望と助言は、ついにこの不愉快に充ちた生というものを超越する事ができなかった。しかも私にはそれが実行上における自分を、凡庸な自然主義者として証拠立てたように見えてならなかった。私は今でも半信半疑の眼で、じっと自分の心を眺めている。
ちくま文庫「夏目漱石全集10」207頁
改めて「そんなら死なずに生きていらっしゃい」の背景に思いを馳せてみましょう。人に死を勧めることが残酷、または無責任であることは言うまでもないとしても、では生を勧めることは? 人間生きてさえいれば必ずいいことがある、何があろうと自殺はいけない。それらの言葉は一見健全この上なくても、それを発する人の心は本当に本心からのものでしょうか? 多くは心にもない、とまでは言わなくとも少なくはない義務感から半ば機械的にそう言ってはいないでしょうか?
本来生と死に関することは人間としての対話のなかでも最上級にデリケートな話題であると思うので、相手が誰であろうと「生きるべし」とも「死ぬべし」とも言いかねるのが本当ではないでしょうか。
この女性の問いかけそのものが途方もないものなのです。しかし追い詰められた人間は、いかに自分の言動が非常識で迷惑とわかっていたとしても救いを求めてあらん限りの手を尽くそうとするものです。漱石も女性の切迫した心情を察することで、この生と死をめぐる無間地獄に足を踏み入れたのではないでしょうか?
生と死、そのどちらをも勧めるのは本来ならば出来かねる。自分は死を至上のものと思う。しかしそれを公に人に勧めることは「人類の一人」として出来かねる。生に向かって歩むよう方向付けるのが常識というものである。さらに自分は間違いなく彼女の生を望んでもいるのだ。しかし・・・
逡巡する漱石は帰路の見送りをした自分に対する感謝の言葉を聞き、思わず言ったのかもしれません。私に対して感謝の気持ちを抱いてくれているのなら、生か死どちらかを勧めろというのなら・・・
そんなら死なずに生きていらっしゃい。
漱石の葛藤は如何ばかりだったでしょうか。生に愛想を尽かし、死こそが至上のものであるとする心。生に囚われねばならない人類として死への素直な憧れを抱ききれないもどかしさ。しかし実際目の前に現れた、死の淵を歩む人の生を心から望んでしまった自分への戸惑い。硝子戸の中ではあれほど明確に描いていた思いを、いざ硝子戸の外で相対した途端に揺るがせてしまった曖昧な自分の心・・・。
私たちは痛みの上に立っている。
このエピソード中にはとても美しく印象深い一説があります。
私は彼女に向かって、すべてを癒す「時」の流れに従って下れと云った。彼女はもしそうしたらこの大切な記憶がしだいに剥げて行くだろうと嘆いた。
ちくま文庫「夏目漱石全集10」207頁
同時に不思議な一文でもあります。女性はまさにその傷のために生きるべきか死ぬべきかを苦悩しているのではないのでしょうか? それが大切な記憶とはどういう事でしょう? その直前の一文はこうです。
その人はとても回復の見込みのつかないほど深く自分の胸を傷けられていた。同時にその傷が普通の人の経験にないような美くしい思い出の種となってその人の面を輝かしていた。
彼女はその美くしいものを宝石のごとく大事に永久彼女の胸の奥に抱きしめていたがった。不幸にして、その美くしいものはとりも直さず彼女を死以上に苦しめる手傷そのものであった。二つの物は紙の裏表のごとくとうてい引き離せないのである。
ちくま文庫「夏目漱石全集10」207頁
人は自分を苦しめるはずの傷や痛みによって自分という人間を定義してはいないでしょうか? 思い出したくもない辛い過去や経験であるにもかかわらず、反面それを取り上げられたら自分が自分ではなくなってしまうような傷や痛みを持ってはいないでしょうか? そしてそれらの傷や痛みを単なるつらい記憶ではない異なる何ものかに昇華する行為を、「表現」と呼びはしないでしょうか?
別の作品で述べられていますが、漱石は複雑な家庭環境や西洋化の波に飲み込まれて妄信と反発に翻弄される日本の現状という様々な要因を心に蓄積させた挙句に心を病み、非常につらい精神状態に追いやられたようです。そしてそれこそ漱石が小説家となるきっかけとなるものであり、おそらく彼を小説家たらしめた要因であると思います。
女性にとっても過去に負った悲惨な心の傷は、耐え難い苦痛であると同時に自らを他者と分かつための貴重なアイデンティティでもあったのかもしれません。この二人は「相反」「矛盾」を裡に抱えているという点で実に似た者同士であると思います。しかし心の中の相反や矛盾を原動力に表現という活動に手を染めた漱石は、その白々しさ虚しさにもまた思いを馳せるのです。
自らを語る虚しさ
漱石は本作の最後を締めくくる一編で「自らを語る」「自らを表現する」ことの愚かしさを考えます。どこまでも自分を装ってしまう自分。赤裸々に自分を物語っているようでいて、結局は自分をよく見せようとしてしまっている自分。自らを語るとはどれほど愚かなことなのか・・・。しかし漱石はもはやそのことに苦悩しません。
自分の馬鹿な性質を、雲の上から見下ろして笑いたくなった私は、自分で自分を軽蔑する気分に揺られながら、揺籃の中で眠る子供に過ぎなかった。
ちくま文庫「夏目漱石全集10」289頁
私の罪は、-もしそれを罪と云い得るならば、-すこぶる明るいところばかり写されていただろう。そこに或人は一種の不快を感ずるかも知れない。しかし私自身は今その不快の上に跨って、一般の人々をひろく見渡して、あたかもそれが他人であったかの感を抱きつつ、やはり微笑しているのである。
ちくま文庫「夏目漱石全集10」290頁
漱石は自己と外界とを分かつ硝子戸を開け放ち、至極穏やかな気持ちでこの一編を書き終えます。自らの「業」を自覚し、苦悩し、しかしそれらを肯定し、人々に語り伝える表現者・物書きとしての道を歩んだことに対する覚悟と居直りを感じさせる一文ではないでしょうか。というわけで本作は、漱石が抱える屈託を「文豪の作品」としてではなく、「一人の男のつぶやき」として比較的生の言葉に近い形で綴られた作品であったように思います。
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